「ただただ、恵みを感じつつ歩ませて頂きたい」
淀川キリスト教病院 内科医師 岩 田 暢 子
7月16日、神戸アドベンチスト病院院長の山形謙二医師のお話を伺いに、VIP神戸の例会に初めて出席させていただきました。
VIP神戸の例会は初めての参加でしたが、たくさんの方と、以前からのお知り合いのように、打ち解けて交流させていただく機会をいただき感謝でした。
山形先生のことは「人間らしく死ぬと言うこと」という著書で知っていました。
先生はハートが熱く、癌末期の患者様方との大切な大切な心の交流、人間にとって一番恐ろしいことである、死をも超える大きな恵みについてお話くださり、実際に起こったそのひとつひとつのお話しに感動しました。
私は総合病院に勤務している内科医ですが、毎日いろんなことが起こります。
度重なると、何かある度に、「なんでこうなの!」と思うようになってしまいます。
さあ家へ帰ろうと思う時に、急なことで呼ばれると、現場に戻る足取りはとても重くなります。
看護師さんに耳の痛いことを言われるとむっと来ます。
つまり、自分の思い通りに、事が運んで欲しいのです。
よくぞ、こんな私が医者をしているなとつくづく思います。
イエス・キリストは頼まれたら、すぐに出かけて行って、病む人に手をおいて癒されました。
私たちのお手本であり、私の姿とは程遠いものがあり、この仕事をする資格は、私には無いのではないかと、自責の念に駆られてしまいます。
でも、そんな私に、キリストは「あなたは悪くない。だって、わたし(イエス・キリスト)が、あなたのその罪を、すべて身に受けて死んだのだから。すでに支払いは済んでいる。なぜ、あなたは自分を責めるのか。あなたは私の死を無駄にするのか?」と語ってくださいます。
はじめから不十分なこの私が、命がけで愛され、赦されている。
だからこそ、今日、置かれている、この所に立つことが出来るのです。
自分を責めるのでも、開き直るのでもなく、ただただ、共に歩んで下さるキリストの恵みを感じつつ、歩ませていただきたいと思いながら、会場を後にしました。
「盛和塾で語られた福音」(その2)
質問1.「自分が行う小善が人を苦しめることがある。どう考えればよいか」
【吉田芳幸氏の答え】
神の前に小さな罪も大きな罪も無く、全て罪である。
人は罪を犯すと旧約時代は羊などの動物の血を流して償ったが、今は、2000年前にイエス・キリストが私達の罪の身代わりとなって血を流された十字架によって、私達の罪は赦された。
人は道徳、修行など、人間的努力では救われない。
また、決して人は変わらない。
イエス・キリストの十字架だけが救いである。
この中学校しか出ていない、元ヤクザが皆さんのような立派な方の前でお話し出来ることが神の奇跡である。
是非教会にいって欲しい。
行って駄目なら行かなくて良いから、一度足を運んでください。
質問2.「先生から見た今の日本人の状況はどのようなものですか」
【吉田芳幸氏の答え】
日本人の大きな問題は、恐れと妬みである。
人の幸せを表面上は祝福しても、心の中は妬みで一杯である。
また、人の顔色を見る処がある。
言葉の端々に自分を防衛している。
恐れることなく、正しいと思ったことは、どんどんやればいい。
(以下の質問に対する回答は、次の号で)
質問3.「神概念を教えていただきたい」
質問4.「イエスが唯一の神か」
質問5.「祈りは、世の為、人の為に祈るべきものと学んでいるが、現世的な祈りもして良いのか」
「祈りで聞かれるもの、聞かれないものの違いは」
質問6.「インド・パキスタン戦争を食い止めたメッセージの内容は」
質問7.「ヤクザ時代の罪をどのようにクリスチャンとなって感じているか」
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